白猫プロジェクトはとてつもないプロジェクト

白猫プロジェクトをプロジェクトとして捉えるという観点はこれまでのところ取られておりません。このようにプロジェクトを名乗っている作品をプロジェクトとして捉えて、そのプロジェクトとしての良し悪しを問うということは当然でありましょう。しかし、白猫プロジェクトがとてつもないプロジェクトであるということはほとんど明らかなのではないでしょうか。
やはり、白猫と言うところが素晴らしいのではないでしょうか。犬ですと、どうしてもちょっと懐きすぎるということがあります。忠犬ハチ公なんかは、飼い主に相当愛されていたようであり、それゆえに愛情で結ばれていたのであり、忠実というだけではなかった、と言うような趣旨の番組が放送されておりましたが、このようなものはつまらないと言わざるを得ません。忠とかいうような価値観を犬に投影していただけであるということは明らかではないでしょうか。しかも、別に忠の中に情愛があるというようなこと自体は日本文化論的な観点からも珍しいわけではありません。だからこそ、このような番組を放送することもできるのかもしれませんが。
しかし、白猫について言えば、そんなにつまらない番組を作るのはおそらくは不可能でありましょう。猫と言えば「吾輩は猫である」を直ちに連想いたしますが、この作品の猫などは、決してそのような情緒に陥ってしまうことはないでしょう。偉い人はだいたい犬よりも猫が好きであると言われております。犬が好きな人でも、犬のような生き方をしようと言うような人はおそらくはほとんどいないのではないでしょうか。猫が好きな人は、大概猫のような生き方をしたいと思っているはずでありまして、ですから、猫好きのほうが一貫性があるように思われてなりません。この点は、白猫プロジェクトについても同じではないでしょうか。このような作品が好きな人は言行一致を貫くことができる人でありまして、道徳的なのではないかと思われます。

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